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2007年8月12日(日)開設
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杉並児童交通公園のD51 254
3月10日の話。
この日は、軽めに都内の保存車ポタリング。まずは杉並児童交通公園のD51 254号機から。 ・車歴 製造年月日 1939年12月16日 製造所 鷹取工場 1946年12月 吹田機関区 1948年6月20日 鳥取機関区 1958年9月12日 福知山機関区 1960年1月31日 豊岡機関区 1969年10月 福知山機関区 1972年4月8日 亀山機関区 1973年12月22日 長門機関区 1974年10月21日 長門機関区にて廃車 杉並区では、交通機関の近代化とともに、廃車された蒸気機関車を、杉並児童交通公園に設置保存し広く一般の観覧に供すると共に、教育上の参考資料に致したいと考えその保存計画をたてました。 国鉄関係者の理解によりD51−254が当区に貸出されることになり昭和49年10月21日国鉄大宮工場で解体され数台のトレーラーで児童交通公園に運搬されて来たものです。 (案内板より) 柵内に保存されており、公開時間は限られます。引きが無く、撮影には広角が必要です。少し色が薄くなってきていますが、状態は良好。関東とは縁が無かったカマですが、SLブームの際に保存されたのでしょう。 動輪は塗装されています。側面のプレートは手書き。 キャブ内は計器類の紛失が多く残念・・・。 後ろ。狭苦しいですねぇ。 全体的には、良好な状態を保っているカマでした。今後も、整備も含めて綺麗な状態を保ってほしいものです。 この後は、田町付近で300系を撮影します。続く。 PR
地下鉄博物館の保存車
1月28日の話。前回記事の続きです。
新砂あゆみ公園のデハ5833の次は、地下鉄博物館を訪問。 入ってすぐには、丸ノ内線301号車と銀座線1001号車が展示されています。まずは301号車から。 ・車歴 この電車は、昭和29年(1954)1月20日、帝都高速度交通営団として初めての開通となる丸ノ内線池袋〜御茶ノ水間に真っ赤な車体で登場した300型の1号車です。車両のモデルは、当時のニューヨーク地下鉄の最新型車両で、モータやブレーキ装置などの特許料を払い、国産車両としてつくられました。 加速、ブレーキ、乗り心地、騒音などの面で、当時の日本では画期的な性能を持ち、鉄道車両近代化のさきがけとして、その後の車両技術の発展に大いに寄与しました。 (案内板より) 以前は前照灯点灯・方向幕表示の状態で展示されていたようですが、現在は無点灯・無表示の状態で展示されています(節電?) 車内。 反対側は建物が迫っており方向幕が確認できませんでした。 続いて、1001号車。 ・車歴 この電車は、昭和2年(1927年)12月30日、東洋で初めての地下鉄が上野〜浅草間2.2キロに開通したとき、使用されていた第一号車です。 地下鉄開業以来約40年間活躍した電車で、昭和61年(1986年)7月、地下鉄博物館の開館にあわせて、車体の床下機器及び艤装の一部を除き、全面的に開業当時の姿に修理、復元を行いました。 この電車の特徴は、サードレール(第三軌条)から電気を取り入れたり、不燃対策として鋼鉄製の車体としています。また、追突事故などを防止するため、打子式ATSと呼ばれる自動列車停止装置や、ドアの自動開閉(ドアーエンジン)方式を採用するなど安全度の高い、しかも斬新な設計を取り入れた電車です。 (案内板より) 80年以上前の車両ですが、大変綺麗な状態で保存されています。こちらは前照灯も点灯されていますね。 車内。 「此ノ戸 他ノ戸」の表示が面白いですね。 リベット打ちの車体。 後ろ。 続いて、見学コースの奥の方に展示されている129号車。 ・車歴 この100型車両は、東京高速鉄道株式会社が渋谷〜新橋間の地下鉄開業に備えて、昭和13年(1938年)に製作したものです。 昭和16年(1941年)に営団地下鉄となった後、昭和23年(1948年)に「オレンジ」に塗られて、昭和43年(1968年)まで銀座線で活躍していました。 この100形車両は、平成21年2月経済産業省から「近代化産業遺産」として認定を受けました。 (案内板より) こちらの129号車は、東京高速鉄道時代の外観に復元されています。 1/3ほどのカットモデルのため、車内は混雑。観察できず。 ちびっ子が遊んでいる隙を見て、運転台を撮らせてもらいました。 他にも各資料・模型等が展示されています。 最寄り駅:葛西駅(東京メトロ東西線)徒歩2分 この後は、本八幡の大和田公園の都電7011号車を訪問。続きます。
新砂あゆみ公園のデハ5833カットモデル[解体]
※2014年春、公園の整備工事に伴い解体されました。
1月28日の話。 この日は、千葉方面の保存車を訪問してきました。まずは南砂町駅前 新砂あゆみ公園のデハ5833号車を訪問。 ・車歴 製造年月 1968年12月 製造所 日本車輌 1969年3月 営業運転開始 2001年3月 引退 この車両は1968年(昭和43年)から使用されていた5000系車両の前部です。長年、江東区民の足として利用され、この度廃車になるに際し、帝都高速度交通営団のご協力により、これまで走行していた線路の真上のこの地に休憩施設として再度利用されることになりました。旧型車両にこれまでの思いを感じていただければ・・・。また、子供たちがあこがれの運転台に座れば、小さな運転手になれるのでしょうか。 (案内板より) 車体の4/1ほどのカットモデル、こうした形での保存は大変残念です。 ドアは残っているようで、「SFメトロカード」の広告も見られました。 運転台は公開されていませんが、一応見えないこともありません。ただ傷がつけられているためほとんど見えません。 南砂町駅下車すぐです。 この後は、地下鉄博物館へ。続きます。
ホビーセンターカトー東京の京急デハ268
1月14日の話。前回記事の続きです。
千早フラワー公園の都営12−000形試作車の後は、ホビーセンターカトー東京の駐車場にある京急デハ268号車を訪問。 ・車歴 不明。詳細が分かり次第追記します。 鉄道模型会社の前庭に保存されているだけあって、状態は大変良好です。 同じデハ230形の保存車には川口市青木町公園のデハ236がありますが、こちらは解体の危機に直面しているようです。貴重な車両だけに、出来ることなら残してほしいものですが・・・。 入口の階段から。 後ろから。 最寄り駅:落合南長崎駅 徒歩約5分 日も暮れてきたので、この日はこの辺で終了。帰宅となりました。
千早フラワー公園の都営12−000形試作車
1月14日の話。前回記事の続きです。
の後は、千早フラワー公園の都営12−000形試作車2両を訪問。 ・車歴 製造年月 1986年3月 製造所 東急車輌 1986年3月25日 陸送 1986年〜1988年 走行試験 1991年2月 千早フラワー公園に保存される 大江戸線開業前の各種試験に使用された2両編成の試作車、試験終了後にここへとやってきました。 こちらは12−001号車。 車内も公開されています。数年前まではオリジナルの座席が残っていたようですが、木造のものに取り替えられてしまいました。残念。 運転台が掃除用具置き場に・・・。 こちらは12−002号車。集会所として使用されているため車内は公開されていません。 公開時間は9:00〜、閉門は4月〜10月が17:00で11月〜3月が16:00。 最寄り駅:要町駅 徒歩約10分 この後は、ホビーセンターカトー東京のデハ268号車を訪問。続きます。 | カレンダー
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