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2007年8月12日(日)開設
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若宮公園のD51 1119
昨年2月1日の話。前回記事の続きです。
神奈川県消防学校のクハ2657の後は、若宮公園のD51 1119号機を訪問。 ・車歴 製造年月日 1944年8月26日 製造所 日本車輛 1944年8月26日 平機関区 1949年8月12日 新鶴見機関区 1954年7月12日 大宮機関区 1958年4月17日 稲沢第一機関区 1959年4月1日 高山機関区 1962年6月26日 鷲別機関区 1967年4月23日 追分機関区 1976年3月1日 追分機関区にて廃車 案内板はこちら。 製造日から分かるように戦時形、追分機関区のSL全廃まで活躍しました。最後は追分機関区で廃車を迎えましたが、間一髪のところで火災を免れて保存されたカマ。 このカマの特徴は何と言っても「ギースル・エジェクタ」と呼ばれる煙突を装備していることで、これを装備した状態で保存されているのは全部で4機、関東ではこのカマだけとなっています。 保存会による公開日を除き、キャブ内は公開されていません。動輪は塗装されていますが、刻印も確認できました。 船底形テンダーも戦時形の特徴。 副灯付きで部品の欠落も無く、非常に素晴らしい状態で保存されていました。 この日は以上です。 PR
神奈川県消防学校の小田急クハ2657
昨年2月1日の話。
この日は、厚木市内の保存車2件を訪問。まずは神奈川県消防学校の小田急クハ2657から。 ・車歴 製造年 1964年 2001年4月23日 廃車 小田急電鉄初の大型車である2600形の先頭車。2004年まで活躍していた6両固定編成より一足先に引退した8両固定編成の2657Fの新宿方に連結されていた車両、訓練用として保存されています。 毎年秋に開催されるイベント時には柵内に立ち入ることが出来ますが、通常は立ち入り出来ません。車内はほぼ引退時のままを留めているようです。 2600形・4000形・5000形(5200形)と3形式に渡った所謂"小田急顔"と呼ばれる車両の中で、保存されたのはこの車両と辻堂海浜公園のクハ2658・喜多見電車区のクハ2670の3両だけでした。 幕も英字表記なし、露天ですが数年おきに再塗装もされているようで色あせもありません。 来年で小田急は90周年を迎えます。喜多見の保存車群もたまには地上に顔を出してほしいものですね。 続いて若宮公園のD51 1119号機へ。続きます。
鎌倉海浜公園の江ノ電107[再訪]
1月1日の話。前回記事の続きです。
江ノ電ポタの途中で沿線を逸れ、鎌倉海浜公園の江ノ電107号を訪問。2011年以来3年振りの再訪となります。(当時の記事はこちら) 車歴は当時の記事をご覧いただければと思います。前回訪問から約3年が経過しましたが、定期的に整備されているのか荒廃は進んでおらず、むしろ前回よりも綺麗になっているようです。 車内に入れるのは9:00〜16:30まで、訪問時は9:00を過ぎていましたがさすがに元日は公開されていませんでした。少し前に整備された逗子の京急デハ601と合わせてもう一度足を運びたいですね。 背丈以上の柵に囲まれており、全体を見ることが難しいのが残念ですが、土地柄仕方が無いのでしょう。落書きなんてされたら元も子もありませんから。 100形の中で107号とともに最後まで単車のまま残った108号は極楽寺検車区に保存されており、年に一度タンコロまつりで公開されています。こちらは毎年人が多くなかなか撮影が難しいのですが、2014年は定員制の撮影会も行われたようです。またあるといいなぁ。 この後は鶴岡八幡宮で初詣をして帰宅。
久良岐公園の横浜市電1156
5月26日の話。前回・前々回の続きです。
横浜本牧駅からは帰りの送迎バスに乗って根岸駅へ。根岸線で一駅移動、磯子駅から市営バスで久良岐公園の横浜市電1156号を訪問。 ・車歴 製造年 1952年 製造所 ナニワ工機 1952年(昭和27)年、横浜市電1150形(1151〜1172号)の一員として、大阪・ナニワ工機(現・アルナ車両)で製造されました。前年の1951(昭和26)年に登場し、後に横浜市電の代表車両と呼ばれた1500形とほぼ同型の車体を持っています。 1966(昭和41)年に生麦線・中央市場線が廃止されるとき、この1156号は「さよなら電車」として運転され、車体側面に「長い間ご愛乗ありがとうございました」と装飾が施されました。 その後、1156号はワンマン化改造を経て、1972(昭和47)年の市電全廃まで活躍しました。久良岐公園では1973(昭和48)年の開園当初から展示されてきました。(案内板より) 荒廃していましたが、神奈川新聞社の記者の方々の呼びかけでボランティアが集まり、修復が行なわれて大変綺麗な状態になりました。修復後もイベント等で車内が公開されており、細かい部分での復元作業が続けられています。 敷石も全て市電の路面で使われていたものだそうで、地面に埋まった状態であったものを修復作業に合わせて整備されました。 車内、ほとんど写っていませんが座席は相鉄旧7000系の廃車発生品だそうです。 側面の系統板。 順光側から。こちら側の前面表示は「滝頭」。この日はかなりんイベントから流れてきた人も多く、盛況だったようです。 イベントの情報や修復作業の模様は神奈川新聞社「カナロコ鉄道ノート」で掲載されています。詳しくはそちらをご覧ください。 この日はこれにて帰宅。
横浜本牧駅のC56 139
5月26日の話。前回記事の続きです。
神奈川臨海鉄道創立50周年記念イベントでは、横浜本牧駅に保存されてきたC56 139号機が公開されました。 ・車歴 製造年月日 1938年3月26日 製造所 日立製作所 1938年3月26日 仙台機関区 1938年6月8日 稚内機関区幌延支区 1941年10月 池田機関区帯広支区 1942年10月 備後十日市機関区 1944年3月 津山機関区 1949年 岡山機関区 1950年 小郡機関区宇部支区 1953年3月31日 鹿児島機関区 1954年10月27日 横浜機関区 1965年7月9日 横浜機関区にて廃車 北海道から九州まで幅広く活躍したカマ。廃車後は中央鉄道学園に保存されましたが、学園の閉鎖のため神奈川臨海鉄道に引き取られました。保存会や現役職員の方々によって整備が続けられてきましたが、ほとんど一般に公開されてきませんでした。ここ最近になって、イベントやバスツアーの目玉として公開されるようになり、その美しい姿をこうして見られるようになりました。 さすが丹念に整備されてきただけあって、状態は極上です。JR東日本が動態復活の話を持ちかけたこともあったそうです。 側面プレート周り。 後ろから。機関車後部には貨車が連結されていました。 この先も、神奈川臨海鉄道の社の宝として大切に保存されていってほしいものです。 次回は久良岐公園の横浜市電1156号を訪問。続きます。 | カレンダー
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