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2007年8月12日(日)開設
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中部台運動公園のC58 51
3月24日の話。前回記事の続きです。

最終日は朝からポタリングし、松阪市街から約3kmほど行った所にある中部台運動公園のC58 51号機を訪問。

・車歴
製造年月日 1939年1月24日
製造所 川崎車輛
1939年1月27日 奈良機関区
1944年 泰緬鉄道向けに供出されるが、戦時中の混乱により輸送中止
1945年8月31日 王寺機関区
1955年8月1日 奈良機関区
1962年4月27日 亀山機関区
1971年9月30日 亀山機関区にて廃車

このC58型51号機関車は、昭和14年1月24日に川崎車両で誕生し、昭和14年1月27日に奈良機関区へ配属され、昭和19年王寺機関区へ配置替えとなり、昭和30年ふたたび奈良機関区にもどりました。その後昭和37年4月27日亀山機関区に移り紀勢本線・参宮線をはじめ関西本線・草津線・信楽線で終始活躍し、多くの人や物を運びつづけてきました。
 昭和46年9月30日に亀山機関区で永遠にカマの火をおとすまで、誕生以来1,578,948,9キロメートル(地球約40周)を走行しました。昭和46年11月22日国鉄(現JR西日本)より貸りうけ、松阪公園に設置され平成3年2月1日に中部台運動公園に移転設置されました。(案内板より)

地元で車生を過ごしたカマ。保存会による定期的な整備が行なわれており、非常に良い状態が保たれています。ヘッドマークは地元のNPO法人「希望の園」に所属する方が製作したものだそうです。

 

動輪は磨きだされており、刻印も随所に確認出来ました。



側面プレート周りも完璧。区名札は亀山機関区を表す「亀」が入れられていました。



後ろから。



C58は状態の悪いカマが多いですから、ここまで大切に保存されていると本当に嬉しいですね。



この後は、松阪城址と本居宣長記念館を巡って松阪市内を観光し、伊勢神宮を参拝するため、伊勢市駅に向かいます。続く。

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偕楽公園のD51 499
ワイドビュー南紀を津で下車し、駅から少し行ったところの偕楽公園に保存されているD51 499号機を訪問。
・車歴
製造年月日 1941年2月1日
製造所 鷹取工場
1941年2月10日 糸崎機関区
1943年10月1日 広島機関区
1943年12月15日 糸崎機関区
1950年8月13日 鳥取機関区
1958年9月17日 福知山機関区
1972年4月1日 亀山機関区
1972年10月1日 奈良運転所
1973年9月18日 奈良運転所にて廃車

この機関車は昭和16年2月1日に兵庫県で誕生し、三重県内の関西線、紀勢線、参宮線を雨の日も風の日も32年以上走り続け、昭和48年9月17日、役目を終えました。その間に走った距離はなんと205万キロメートル(地球を約51周)にもなりました。多くの人々に親しまれたこの機関車は 、昭和48年10月9日に大型トレーラーでこの公園に運ばれました。(案内板より)

上越線・信越線の運転ですっかり定番となった高崎のD51 498号機の続番機。現役時代は晩年しかこの辺りでは運用されていませんでした。


後藤工場デフ"G-3"を装備している珍しいカマで、2010年に498号機が重装備になった際には、同形のデフが取り付けられていました。

  

厚塗り気味で少し車体の腐食が目立ちます。刻印は確認できませんでした。



プレート周り。区名札・製造銘板ともにありません。窓も撤去されています。



キャブ内も真っ黒。もっとも、こちらは立ち入り出来ないので、煙室内の石ころなどは少ないのではないかと思います。



後ろから。後部プレートは明らかにレプリカと分かる薄いもので残念。後部灯のガラスもありませんね。



一応保存会も存在し、数年前に手が入れられたカマですので、綺麗な状態を保って欲しいものですが…

そんなわけで2日目はこれにて終了し、松阪でチェックイン。旅の最後の夕食は豪勢に松阪牛ステーキを食べまして、早々に就寝。



最終日となる3日目は、松阪市街から3キロほどの中部台運動公園に保存されているC58 51号機からスタート。続きます。

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紀勢本線を撮影する
3月23日の話。前回記事の続きです。

C11 96号機を訪問した後は、新宮〜三輪崎間の海岸沿いで紀勢本線を撮影開始。

最初に通過したのは105系の普通列車。地域色化されているF7編成でしたが、本数も少ないこの区間で順光で撮影できたのは良かったです。


↑2332M 105系F7編成2B "串本行"@新宮〜三輪崎間

続いて臨時ワイドビュー南紀81号。新宮〜紀伊勝浦間はくろしおとワイドビュー南紀が走行するので、普通列車よりも特急列車の方が本数が多い…。


↑8001D キハ85系5B 特急"ワイドビュー南紀81号"@同上

逆光ですが、後ろからはワイドビュー南紀6号。シカ衝突対策としてこちらはスカートが凄いことになってます。


↑3006D キハ85系5B 特急"ワイドビュー南紀6号"@同上

この場所での撮影はくろしお22号にて終了。元オーシャンアローの283系でしたが、上り列車なので正面は貫通型。


↑72M 283系6B 特急"くろしお22号"@同上

撤収中にヘビと遭遇しつつ、昼食を摂り、再び駅へ。駅近の踏切で105系を撮影しますが、タッチの差で踏切横断できず…中途半端に。前日も撮影していたW10編成でした。


↑2336M 105系W10編成2B "串本行"@新宮付近

くろしお28号の入換が始まっていたので、駅に入場し、入線してくる381系を撮影。


↑構回 381系D601編成6B@新宮

1両ずつ形式写真を撮影して駅を出場、先ほどの踏切付近にて発車した"くろしお28号"。出来ればこれを海岸沿いで撮りたかったですが…時間的にどうしようもありませんでした。


↑78M 381系D601編成6B 特急"くろしお28号"@新宮付近

すぐに駅に戻って、ワイドビュー南紀84号に乗車します。これを逃すと次の特急は3時間後、たまったもんじゃありません。この84号も臨時列車ですから、定期列車という範囲で言えばこの時間帯は5時間ほど特急が無いことになります。ホームにキハ11が停車していたので撮影。


↑334C キハ11形2B "亀山行"@新宮

ワイドビュー南紀(JR東海の在来線特急)の車内販売は3月16日に終了しており、飲料自販機しか無いので軽食を買い込んで乗車。途中、熊野古道で有名な熊野市などを経由しつつ、アップダウンの激しい区間を走行し津に到着。日も暮れてしまいましたが、偕楽公園のD51 499号機を訪問します。続く。

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あけぼの団地児童公園のC11 96
3月23日の話。前回記事の続きです。

築地公園のC58 353号機を訪問した後は、そのまま紀伊勝浦駅へ。



紀伊勝浦からは、105系の普通列車に乗って新宮へ。


↑2329M 105系F4編成2B "新宮行"@紀伊勝浦

普通列車は約2時間〜3時間に一本しかないので、2両のロングシートでも混雑。20分ほど乗車して新宮駅に到着。新宮駅はJR西日本とJR東海の境界駅であるため、2社の車両が見られます。乗車してきた105系は紀伊田辺行きとして折り返し。


↑2330M 105系F4編成2B "紀伊田辺行"@新宮

東海区間は非電化なので、普通列車はキハ11と東海色のキハ48が担当します。


↑328C キハ48-6302+キハ48-5807 2B"多気行"@新宮

改札を出てポタリング。あけぼの団地児童公園のC11 96号機を訪問。

・車歴
製造年月 1936年6月
製造所 川崎車輛
1936年6月 紀伊勝浦機関区
1940年4月30日 新宮機関区
1948年4月1日 亀山機関区貴生川駐泊所
1963年2月9日 梅小路機関区
1972年9月16日 梅小路機関区にて廃車

住宅地の奥まったところにある小さな公園に保存。厚塗り気味で状態は良くありません。プレートは全て金色で塗られています…。前照灯のガラスも無くなっています 。



錆の上からそのまま塗料を塗り重ねた結果でしょうが、鉄板には大きな穴が複数箇所開いていました。



キャブ内にも立ち入れますが、こちらも真っ黒に塗られており、部品も損失が目立ちます。



後ろから。非公式側は屋根の支柱が邪魔ですっきり見ることはできませんでした。キャブの窓も一切ありません。



「現状維持」が精一杯のような保存機です。これ以上酷くならないと良いですが…。

この後は、新宮駅から少し三輪崎駅方面に行った海岸沿いから紀勢本線を撮影します。続く。

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那智勝浦町築地公園のC58 353
3月23日の話。前回記事の続きです。

2日目は保存車訪問からスタートとなりますが、ホテルからの帰りも専用船で。明るい時間に見ると、やっぱり凄いところにありますね。従業員の方が、見えなくなるまで手を振ってくださっていたのがとても印象に残っています。いいホテルでした。



勝浦漁港。毎週日曜日には朝市が行われるそうですが、この日はあいにく土曜日でしたのでホテルで朝食を済ませました。



そんなわけで、紀伊勝浦駅横の築地公園に保存されているC58 353号機を訪問。

・車歴
製造年月日 1944年1月14日
製造所 川崎車輛
1944年1月 王寺機関区
1962年4月1日 和歌山機関区
1963年4月1日 亀山機関区
1974年3月8日 亀山機関区にて廃車

現役時代も奈良県・和歌山県を中心に運用されていたカマ。

 

海が近いこともあり、錆が酷く荒れ果てていたのですが、昨年有志の方々による大掛かりな整備が行われ、とても綺麗な状態になりました。



動輪は塗装されていましたが、刻印も確認できました。側面プレートは公式側はありませんでした。非公式側は柵と線路が迫っているため確認できませんでした。



後ろから。テンダのプレートもありません。



大きな屋根もあり、今後も継続的な整備がなされることを期待します。

この後は、新宮に移動してC11 96号機を訪問。続きます。

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