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2007年8月12日(日)開設
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201系H7編成が快速三鷹行きに充当される
12月20日の話。

この日は、201系H7編成が土休日35T運用に入ったので、撮影してきました。

中央線ファン、そして201系ファンにとって土休日の「35T」は貴重な運用です。この土休日35Tでは、土休日の朝1本のみ運転の935T快速三鷹行きに充当され、201系の三鷹幕を拝めることができるのは幕回しを除けばこの列車1本のみ。しかし、順調に運用が流れたとしても、平日になってしまうのがほとんどです。そんな中、この日は土休日に35Tとして運転されました。

吉祥寺に向かうのですが、まずは935Tの前列車となる中央特快東京行きを日野で撮影しました。



撮影後、乗車して三鷹へ。三鷹到着後、撮影しました。



接続した快速列車で吉祥寺に到着。何本か撮影していると、高架化HMのH54編成がやってきました。



撮影予定だった120周年HMが被られたので時間が開いてしまいましたが、H4編成の青梅特快青梅行き。



突発的な運用変更があったので、高架化HMのT23編成は来ず。結局、本番のH7編成快速三鷹行きが来ました。影を除けばいい写りになったと思います。



三鷹で折り返しているH7編成。



この後、高架化した駅を回って撮影できるか試してみました。そして、武蔵境で上りが順光ということで高架化HMのH54編成を撮影しました。これ狙いの方が結構きていました。



時刻を調べると武蔵小金井で201系並びが狙えるということが分かったので、挑戦してみました。まずは、H7編成が35T豊田行きで入線。



そして、豊田行きが発車・・・する前に快速東京行きが進入。結局、地味に横並びとなりました。



快速東京行きを停車中に。



最後に、豊田で入庫待ちしていたH7編成を撮影。



各駅でお会いした方、お疲れさまでした。

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中央線のバリエーション溢れる通勤車両を撮影
12月16日の話。

この日は、急用が出来たので吉祥寺へ。その途中、中央線の車両達を撮影してみました。

この時は、中央線120周年HM車×2(現在は掲出終了)、高架化記念HM×2(現在は掲出終了)、さらには201系2編成(こちらは現在も運転中)というバリエーションが豊かな時期でした。まずは八王子で、始発列車1804Tに充当されるT23編成高架化HM付きを撮影しました。



1804Tに乗車して、三鷹へ。三鷹で後部を撮影。



通勤快速大月行きに充当されるH4編成を撮影。通勤快速の201系は初めて撮影しました。





最後に、吉祥寺で高架化HMのH54編成を撮影。



各駅で撮影していた方、お疲れさまでした。

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201系が通勤特快の運用に入る
8月5日の話。

この日は201系H4編成が41Tに入ったので、八王子駅で通勤特快東京行きを撮影してきました。
入線してきました。





「通勤特快」マークを掲げて走る201系は凛々しい姿でした。

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さよなら四季彩⑤ 日野中線で最後の撮影
7月20日の話。四季彩引退からもう2ヶ月も経っていたんですね。今回でさよなら四季彩企画は終了です。

さよなら四季彩奥多摩号として最後の営業運転を終えた四季彩は、日野駅の中線(3番線と呼ばれるもの)で入庫までのひとときを過ごしていました。



編成札取り替えなどが行われました。

①H26編成札





1996年に組み換えが行われて作られたH26編成4連は、四季彩クハであるクハ201−134・クハ200−134を組み込んでいます。この時、四季彩モハであるモハ201−263・モハ200−263はT1編成10連に組み込まれていました。

②W1編成札
四季彩W1編成札に戻りました。豊田の201系中央特快と並びました。





③H10編成札



多分新造時、武蔵小金井電車区に所属していた時の編成だと思いますが・・・。
この頃は今の四季彩と同じクハ201−134・モハ201−263・モハ200−263・クハ200−134の編成でした。中央線用の最終増備車だそうです。

再びW1編成札に戻され、出発を待ちます。



四季彩は静かに豊田車両センターに向かって走り出しました。



青梅線の観光列車として走ったのは2001年から2009年の8年間、しかも2005年にイメージを一新ということでしたが、もともと製造されたのは1984年の10月18日ということで、25年も中央・青梅線を駆け抜けていたことになります。本当にお疲れさまでした。

この後、四季彩は7月23日に長野総合車両センターへ廃車回送され、あっけなく解体されてしまったようです。

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さよなら四季彩④ 奥多摩号に乗車する
7月20日の話。

この日は2日前の急な発熱が気になりましたが、朝体温を測ると平熱でしたので、四季彩の営業運転最終日の「さよなら四季彩奥多摩号」に乗車してきました。

立川に入線してきました。



途中駅でも停車があったのですが、降りられたのは乗車してから1時間後の宮ノ平でした。
ここではトイレ休憩でした。



青梅から奥多摩側に来ると、いきなり山間部に入ります。
美しい景観が広がりながら、さよなら四季彩号は走ります。途中、有名な撮影地には30人ほど撮影者が集まっていました。

御嶽でも停車しました。交換のため3分しか停まらず。



編成札の下には記念札が下げられていました。



古里での停車は中線に入線。定期列車を先に通します。
15分ほど停車して出発しました。奥多摩まではあと少し。きつい勾配ですが結構スピードでます。

途中で交換列車に遅れが生じた為、少々遅れて奥多摩に到着しました。
記念セレモニーは、ホームが狭いので一般の人にはほとんど見れませんでした。またくす玉が割れると同時にドアが閉まり発車したため、乗り遅れた方もいたようです。





先行列車の発車時に安全確認をしながら徐行で発車したので、復路も2分遅れでの出発。

ここで、線路内人立ち入りが発生し運転中に緊急停止。
先行列車の運転士が立ち入りに気づいたようで・・・。事故が起きなくて良かった。
鉄道マニアだったようです。立ち入り禁止の所には入らないように気をつけないといけませんね。

ということで、ここからダイヤが乱れていきました。
まず、列車を通すのに2分停車の予定だった古里では、交換列車の遅れのため15分停車。単線なので仕方無いですね。
この15分停車のため、御嶽の停車はなし。

古井での停車はトイレ休憩なのでやめられなかったようですが、発車時間が未定という不安な停車でした。なので撮影のみで済ませました。



再び走り出すと、猛スピードで青梅を目指します。交換のため二俣尾の停車はありましたが、ドアは開きませんでした。ここでだいぶ遅れが回復してきました。

青梅に着くと、2分遅れでしたが撮影できました。



青梅から立川までは、往路と同じく下車はできませんでした。
西立川から立川までは、中央線からの直通列車(青梅方面)のみが走る青梅短絡線を逆走しました。
粋な演出で四季彩最後の営業運転は幕を閉じました。

結局、立川には2分遅れで到着。青梅からは長時間停車もなく、取り戻すことはできなかったようです。





これで四季彩の営業運転は終了。大変貴重な乗車だったと思っています。

さよなら四季彩関連記事、次で最後になります。

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